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壱 桜月夜に攫われた朝 + 5 +

last update Last Updated: 2025-04-18 16:29:54

 ぱたぱたと走って行った少女の姿が裏庭から消えたのを見て、星河が疑わしそうに夜澄に問う。

「あれが、裏緋寒の乙女? 加護術すらまともに使えてないではないか」

 どう見ても見習いの薬師にしか見えないと言いたげな星河に、夜澄は真顔で応える。

「前世の記憶を持つお前が認めたくないと思うのは勝手だが……俺たちの気配に感づいていただろう? 間違いない、彼女だ」

 土地神の花嫁候補。里桜の鏡とも呼べる裏緋寒。

 それは清らかな表の聖女と対になる……穢れをも受け入れる裏の花嫁。ときにそれは土地神が欲望を晴らすためだけに存在する子を孕める愛玩人形となることもある。

 竜糸に暮らす少女のなかで、神術に秀でたものが選ばれるのは事実だが、さんにんの桜月夜の守人のなかでも総代にあたる夜澄は、一目見ただけでそれが誰なのか判別できるちからを持っていた。

 すなわち、土地神の加護を存分に受けた生粋のカイムの民、もしくは土地神に委ねられた神術の使い手。神々に愛されることはもちろんのこと、北の大地に点在する集落でそれぞれに民と暮らす土地神の加護、またはそれに準ずる神謡の文言を古くから受け継いだものにしか、神職に携わる資格は存在しない。

 現に、土地神の加護を代々受け継いだ星河は生誕の地である『雪』の加護と竜神に仕える原因となった前世の記憶を持っている。同じ桜月夜の守人であり星河たちより遅れて入ってきた颯月(さつき)もまた、『風』の加護を持ちながら他の神術を常人以上に扱える。

 夜澄に至っては眠りにつく以前の竜頭を知る数少ない人間で、雲桜よりもはるか昔に滅びた『雷』という特殊な部族の末裔である。

 カイムの地で生きる民には生誕した集落の土地神の加護がそれぞれ少なからず与えられている。それは『雨』、『雪』、『風』、『雲』、『雷』という五つに分類され、彼らを総括する始祖神とその姐神(あねがみ)とされる至高神のもとで定められたものとされている。

 だが、『雲』と『雷』の生粋の民は幽鬼によって滅ぼされてしまった。滅びる前に集落をでた民もいるにはいるが、ごく少数の彼らは自分たちが生まれた土地を離れた間に生地の土地神を失ったことでちからを奪われ、いまでは混血によってわずかな加護しかない人間ほどのちからしか持っていない。

 先祖がえりなどの例外も存在するが、それ以外では里桜のような逆さ
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